最高裁判所大法廷 昭和36年(あ)823号 判決 1966年11月30日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
検察官の上告趣意第一ないし第四について。
所論は要するに、原判決は、公共企業体等労働関係法(以下、公労法と略称する。)一七条に違反してなされた公共企業体等の職員の争議行為に対し、労働組合法(以下、労組法と略称する。)一条二項の適用があるとの判断を示しているが、かかる判断は、引用の各高等裁判所判例に違反するものであり、且つ法律の解釈を誤つたものであつて、ひいて量刑に甚しく不当な結果を招來したものであること明らかであるから、原判決は破棄さるべきものである、というにある。
原判決が公労法一七条に違反してなされた争議行為に対し労組法一条二項の適用がある旨の判断をしたこと、およびその判断が所論引用の福岡高等裁判所宮崎支部昭和三五年一月一二日言渡の判決と相反することは、所論のとおりである(なお、引用の福岡高等裁判所昭和三五年三月二日言渡の判決は、右両法条の関係につき所論のような判断を示しているものとは認められないから、本件に適切ではない。)。しかし、公共企業体等の職員の行う争議行為は、公労法一七条に違反するものではあるが、なお、労組法一条二項の適用があることは、当裁判所昭和三九年(あ)第二九六号、同四一年一〇月二六日大法廷判決の判示するとおりである。従つて、所論引用の判例はこれによつて変更されたものであつて原判決の判断を維持すべきものてあるから、判例違反の論旨は理由なきに帰し、その余の論旨は、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて適法な上告理由とならない。
被告人両名の弁護人大野正男の上告趣意について。
所論は要するに、日本国有鉄道(以下、国鉄と略称する。)の行う業務は、公務であつて、刑法二三四条、二三三条(上告趣意に二三五条とあるは、誤記と認める。)にいう「業務」に含まれないものと解すべきである。わが刑法典は、公務執行妨害罪を公益(特に国家的法益)に対する罪とし、業務妨害罪を私的法益に対する罪として、両者は罪質を異にするとの観点の下に編さんされているものである。しかるに、原判決が、国鉄の行う業務も右両条にいう業務に含まれるとし、被告人らの本件所為を業務妨害罪として処断したのは法令の解釈を誤り、引用の大審院及び最高裁判所の各判例に違反するものである。原判決の解釈に従えば、国鉄は公務及び業務の両面において二重に保護を受けることとなり、民営鉄道に対比し、法律上の保護に差別を生じ、憲法一四条に定める法の下における平等の原則に反する結果となるのみならず、従来の判例理論が判然と区別していた右業務と公務との両者の関係を不明確ならしめ、不明確な規準の下に法の適用をはかることになり、憲法三一条の罪刑法定主義の精神に反する結果となる、というにある。
そこで案ずるに、国鉄は、公法上の法人としてその職員が法令により公務に従事する者とみなされ、その労働関係も公労法の定めるところによる(日本国有鉄道法二条、三四条、三五条)等、一般の私人又は私法人が経営主体となつている民営鉄道とは異なる特殊の公法人事業体たる性格を有するものではあるが、その行う事業ないし業務の実態は、運輸を目的とする鉄道事業その他これに関連する事業ないし業務であつて、国若しくは公共団体又はその職員の行う権力的作用を伴う職務ではなく、民営鉄道のそれと何ら異なるところはないのであるから、民営鉄道職員の行う現業業務は刑法二三三条、二三四条の業務妨害罪の対象となるが、国鉄職員の行う現業業務は、その職員が法令により公務に従事する者とみなされているというだけの理由で業務妨害罪の対象とならないとする合理的理由はないものといわなければならない。すなわち、国鉄の行う事業ないし業務は刑法二三三条、二三四条にいう「業務」の中に含まれるものと解するを相当とする。所論引用の当裁判所大法廷判決は本件に適切ではなく、所論引用の各大審院判決は、右と見解を同じくする当裁判所第二小法廷判決(昭和三一年(あ)第三〇一五号同三五年一一月一八日言渡刑集一四巻一三号一七一三頁)によりこれに反する限度において変更されていると解せられるから、所論判例違反の主張は、適法な上告理由とならない。
そして右の如く解するときは、国鉄職員の非権力的現業業務の執行に対する妨害は、その妨害の手段方法の如何によつては、刑法二三三条または二三四条の罪のほか同九五条の罪の成立することもあると解するのが相当である。
されば国鉄の業務は、民営鉄道の業務と企業活動として実態を同じくすると同時に、国鉄職員の行う業務は、公共の福祉に特に重要な関係を有するものとして、その職員は法令により公務に従事するものとみなされているのであるから、国鉄の業務が、これに対する妨害に対し、業務妨害罪または公務執行妨害罪の保護を受けるのは当然であつて、民営鉄道の業務との間に、妨害に対する法律上の保護に差異があるからといつて所論の如く憲法一四条に違反する結果となるということはできない。この点に関する所論違憲の主張は、理由がない。
また前記の如き解釈のもとに法の適用をなすときは、その規準は明確であるから、所論憲法三一条違反の主張は、その前提において失当であり、適法な上告理由に当らない。
また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて、同四〇八条により、主文のとおり判決する。
この判決は、検察官の上告趣意第一ないし第四について、裁判官奥野健一、同五鬼上堅磐、同石田和外、同下村三郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。
検察官の上告趣意第一ないし第四について。
公共企業体等の事業の公共性にかんがみ、これに従事する職員の争議行為は、公共企業体等労働関係法一七条により一切禁止されているのであるから、右職員は、法律上争議権を有しないのであつて、右職員の行う争議行為には正当なものはあり得ないのである。従つて、争議権を有する者のなす正当な争議行為についてのみ、その適用のある労働組合法一条二項の規定は前記公共企業体等の職員の行う争議行為には適用の余地がないものというべきである。本件被告人らの行為が労働争議行為であり、かつ暴行脅迫の程度に達しない、単なる威力業務妨害の行為に該当するものとしても、労働組合法一条二項により、その違法性が阻却されるものではない(当裁判所昭和三九年(あ)第二九六号、同四一年一〇月二六日大法廷判決における私の反対意見参照)。
しかし、原判決は、被告人らの所為は労働組合法一条二項の正当性の限界を超えるものであることは疑を容れる余地がないと判断しており、またその量刑も不当に軽きに失するものとは認め難いから、所論は採るを得ない。
裁判官石田和外、同下村三郎は、裁判官奥野健一の右意見に同調する。
裁判官五鬼上堅磐の意見は次のとおりである。
本判決理由中、検察官の上告趣意に対して、公共企業体等の職員の行う争議行為は公労法一七条に違反するものであるが、なお、労組法一条二項の適用ありとする見解には賛成し難いのであるが(その理由については当裁判所昭和三九年(あ)第二九六号、同四一年一〇月二六日大法廷判決における私の反対意見参照)、原判決は、右労組法一条二項の適用あるものとしてもその正当性の限界を超えたものとして、有罪の認定をしたものと解せられるから、結論においては本件上告棄却に賛成するものである。
(裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎 裁判長裁判官 横田喜三郎は、退官のため署名押印することができない。 裁判官 入江俊郎)